カードキーとPASMO

動作が同じになる行為は、ボーッとしてると、
それに使う道具を持ち間違えちゃうらしい。

駅の改札にカードキーかざしたり、
カードキーかざすべきところにPASMOかざしたり。
さっきわたしも間違えた。
改札にカードキーかざした。恥ずかしいわ。

でもよく考えると、
数えきれないほど道具も行為もある世の中で、
かぶってるのがこれくらいだっていうほうがむしろすごいのかもって思ってきた。

道具も行為も、行為を導き出すための道具も、
全部それ専用に考えられてるってことなのかなぁと思う。すごい。

そんで今思い出したけど、
携帯電話とテレビのリモコン間違えるとかいう「お前サザエさんかよ」的な事件も、
携帯電話がスマートフォンになったことによって勃発しなくなったわけですよね。

うーんすごいなぁ。
進化してるんだなぁ。

理解の境目

物事全体の話で言うと基本的には、それが完了するまでのスピードは、もちろん早い方が好まれる。
でも、物事には、急がなくちゃいけないところと、慎重にならなくてはいけないところがあると思う。

それを知っている人は、
スピードを重視する中にも、ポイントポイントで慎重になるべきところがわかっている。
でも知らない人は、
そのポイントがわからないので、なんとなく始めから終わりまで急いでしまう。
その結果、ミスが発生したり、不満足の状態で物事が完了してしまったりするんだと思う。

自分が何かしてる時に、
何となく常に急いで作業をしていたとしたら、
自分はその物事のことを充分に理解してない、と思った方がよいのかも知れない。



左右の関係

対角線上の関係にあるものって、
好き・嫌い、とか、
美味しい・不味い、とか、
どっちかが良くてどっちかが悪い、みたいな印象あるけど、
でもそうじゃないのもある。

好き・嫌い、が上下で向かい合ってるとしたら、
左右で向かい合ってる関係のものもある。
甘い・しょっぱい、とかが、そうだと思う。
甘いも、しょっぱいも、どっちかがマイナス的な意味を持ってるわけじゃない。
甘いものを食べてると、しょっぱいものを食べたくなる。
しょっぱいものを食べてると、甘いものを食べたくなる。
マイナスもプラスも無いのに、
お互いを助け合ったり引き立て合ったりできるのってすごいなと思う。

上下で向かい合ってる関係は嫌だけど、
左右で向かい合ってる関係って素晴らしい。
そっくり同士が1番っていうわけではないってことかなと思う。


つまり人間はすごい

文字情報だと伝わり切らないことが多過ぎるなぁと思う。
時どき思ってたように伝わらなくて泣きそうになっちゃう。
文字ってコミュニケーションのひとつだけど、
完全なフリした不完全だよなぁと思う。

言葉で伝わることから文字情報で伝わることを引いたら、
結構なものが残る気がする。

そう考えると、
口から出てくる「言葉」ってすごい。
そんで、言葉を口から生み出せる人間ってすごい。
そう思う。

「行間を読め!」ってよく言うけど、
それと似たような感じで、
言葉って、1文字1文字の間にあるデリケートなものも取りこぼさない、っていう感じがする。

取りこぼさないって言うか、
そもそも言葉って、何か単語を喋ろうとすると必然的に、文字と文字の音を繋げて発音するものだ。
きっとその、繋げる音の感じが、文字情報では起こり得ない部分を表現出来るんだなって思う。

つまり言葉がすごいっていうか発音(音を発する身体の器官的な意味で)がすごいのか。もっと喋らなきゃ。

ん〜つくづく人間ってすごいなぁと思う。
人間に生まれたんだから、もっと色々頑張れるはずだ!

縦と横

縦長の長方形と横長の長方形、
同じ形なのに向きが違うだけで印象も違うって、すごいなと思った。
長方形がすごいっていうか、
人間の目の不正確さがすごいっていう方が正しい気がするけど。

横長には愛嬌があって、
縦長にはスタイリッシュさがある。

わたしは横長派かなぁああああ。
わたしの長方形の好みなんて誰も聞いてないよねぇえええ。
知ってるぅううううう。
おやすみなさぁああああああ。

多重人格

「あの子の前だと本当の自分を出せるの」っていうことってよく聞くし、
わたし自身も結構(ていうかものすごく)そうなんだけども、

でも、「あの子の前だと本当の自分を出せるの」っていう自分も、「人前ですぐに自分を出せないんだよね」っていう自分も、
どっちも本当の自分であって、「色んな面がある自分」ってことなんだろうなと思う。
本当も嘘も裏も表もなくて、親身に受け止めるべきだよねと思った。

人なんて、みんな多重人格だよね。
満員電車って嫌だよね。
じゃあね。

平均点と100点

世の中の「もの」のほとんどは、自分にとっては「好きでも嫌いでもないもの」だと思う。
毎日たくさんの「好きでも嫌いでもないもの」に囲まれて生活をしている。

「好きでも嫌いでもない」っていうのは、つまり「気にならない」ってことなので、
万人に1番すんなりと浸透するものは、
「気にならない」姿をしたものだと思う。

逆に、ひとつでも誰かにとって「気になる」部分があるものは、
その誰かには嫌われる(可能性が出てくる)かも知れないっていうこと。

でも、万人に浸透するのが1番の「もの」は、
「もの」界の中での1番には、残念ながらなれないと思う。いつまでも平均点な感じ。

平均点と100点は同時にはとれないから、
世の中ってうまく出来てるなと思う。

過去のメモが意味不明







ね。

ラッピングの精神

「封を開ける」って、なんて素敵な行為なんだろうと思った。
中身と対面する間のステップが多ければ多いほど、良いんだろうなと思う。

封筒にただ入れるだけではなく、軽く糊も付ける。
箱にただ入れるだけではなく、紙で包んでリボンもかける。
なんか、それだけでドキドキが膨らむような感じがする。

そう考えると、ドキドキを増させる役目を仰せつかってる「ラッピング」って、
最高に素敵な存在だなと思った。

誰かに何かを渡す時とかだけじゃなくて、色々な場面で、
ラッピングの精神は大切なんだろうなと思う。

平均とれないものこそ貴重かも知れない

1日の内で平均的にテンション上がるタイミングって、どこなんだろう。

そもそも平均ってとれるものなんだろうか。
人によって違うものなんだろうか、
自分の中では規則性あるんだろうか。
わからない。

「平均とれない」って、なんかスッキリしない感じがするけど、
でも、
平均とれないものだとしたら、
テンションの全てが外部の要因で変わるってことで、
自分が関わる人と環境によって、一日が、もっと言えば人生が変わるとしたら、
なんかそれってすごいなと思った。

結論:みんな幸せになればいいと思う。

補足:今すごく眠いからだいぶ不可解なこと言ってるかも知れない。


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